2006年03月13日

甘えたい。

とか言っちゃってみました(笑。

別に寂しいとか人恋しいとかそういう色気のある話じゃないです^^;


なんていうか、色んな人に自分のことをもっともっと理解してもらいたいというか。

社会に出て、人との付き合いの希薄さを痛感してて。
お金で動いてる世界なんだから仕方ないんだけどさ。

俺の言う「甘えたい」ってのは、優しく慰めてほしいってのとは対極にあるもので、もっとハードな率直な意見のぶつかり合いの場が欲しい。

人を言い負かすものじゃなく、お互いが刺激し合って高めあえるような。

俺は、このブログを通じて知り合った人達のことは大好きです。
実際に会った人もいるし、文字だけの付き合いの人もいる。
でも、大好きなんです。本当に。


でもね、最近ここに書きたいと思う意欲が明らかに減った。
こう言ったらすごく失礼だけど、何となくどんなコメントをくれるのか予想できてしまうから。

みんなの優しい言葉、すごく嬉しかった時もある。
それはすごく感謝してます。

だけど、本当にごめんなさい。

今の俺に必要なのは、それとは全く別のもの。

それは、多分このブログ内では得られないもの。




俺が一つだけ何かを欲しいと、そう願っていいのなら、俺はもっと本音でハードにぶつかり合える場所が欲しい。


それが俺の「甘えたい」ってこと。
誰かに何かを求める行為。

そういうことです。
posted by 膝枕。 at 23:57| Comment(46) | TrackBack(1) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月09日

未熟者。

漫画喫茶からの書き込み。

大学の友達と飲んで遊んでまして。
衰えたのかオールで遊ぶ元気がないので、みんな寝てます。
まぁ、考え事をするにはちょうどいい空間かな。

俺は、未熟者です。
最近周りは俺のことそういう風に見ないけど。
最終的に自分が可愛いんです。
自分を捨てて、他人を大切にすることなんて無理。
薄々というか、何となく自覚はしてたことなんだけど。

自分も含めて、人の気持ちは動くもの。
だからそれに合わせたフレキシブルな対応が必要になってくる。
仕事もプライベートの人間関係も、ね。

ある程度はそれができてるつもりだった。
あ、仕事の面では、特に対外的な仕事の面ではできてると言えるかな。
それができなきゃ営業なんてやってられないし、ましてや人に認められるようになんて絶対になれないから。
ここでは関係ない話だけど、俺はどこでも胸を張れるだけの仕事をしてみせる。
そのためにリーマンやってるんだから。

逆に、俺はプライベートな人間関係において、信頼に足る人物だと思った人には甘えるくせがあるようです。
ここまでこっちが腹割って話してるんだから、少しくらい受け止めてほしいって欲求。
他人に対して何も期待しないようにしてても、やっぱり甘えたいって欲求はあるんだよね。
たとえ相手が受け入れようと努力してたとしても、それが俺に伝わらなければ俺は裏切られたと感じる。

俺が2人いて、それで対話してみたらわかりやすいのに。
誰だって完璧じゃないし、気分だってその時によって違う。
根っこの部分が変わらなくても、表に出てくるものが違えば当然回りに与える印象だって違ってくる。
相手のことをどこにカテゴライズするかで、自然と対応も変わってくる。

恋愛において言えば、気持ちが冷めたら何もかもがなかったことになるみたいにね。

カテゴリーが変わるのにも必ず理由があるんだろうけど、最近の俺にはそういうのを理解しようとする余裕すらないみたい。
まぁ、人間て生き物自体が不完全なんだから、それくらい大目に見てくれるよね。
文句なんて言わせない。


積み木が崩れて、ただ泣くだけの子供みたい。
誰かが手伝ってくれようとするのも拒否。
ただ喚いていたい。
「俺は悲しいんだ!!!」って叫びながら浸っていたい。
放っておいてほしい。
でも、気にかけておいてほしいみたいな。




あっはっは。
カッコ悪い。


そのうち慰めてやるから、それまで勝手に喚いてろ俺。
気にかけておいてやるから。
posted by 膝枕。 at 04:10| Comment(10) | TrackBack(12) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月07日

昔の記事を引っ張り出して。

少し前に、正直であるということ。という記事を書きました。

これに対して、久しぶりにコメントを頂いて、また色々考えさせられたのもあって、また似たようなことを書こうかなと思っております。

俺は嘘は嫌い。と常々言ってます。
でも正確には、人を騙して自分だけ利益を得ようとする曲がった根性が嫌いなんです。
あとバレるような嘘をつく浅はかさとかね。

人は誰でも「自分」というフィルターを通してしか世界を見ることができません。
ということは、「自分」が本当だと認識すれば、真偽は関係ないんです。
言い換えれば、というか突き詰めれば、自分が納得できれば嘘も本当も善も悪もどうだっていいんじゃないでしょうか。



俺は電車に乗っています。

電車はとても混雑していて、互いに密着しながら動くこともできません。

そんな俺の目の前に、可愛らしい顔の女性がいます。

よく見ると女性の表情がひきつっています。

彼女は身体をくねらせ、何かから逃げようとしているようにも見えます。

俺はそんなこともお構いなしにスカートの中に手を入れると、身体のラインをなぞるように手を動かしています。






これ読んで俺が変態だと思った人へ。
それが「自分」というフィルターです。

俺は痴漢もしてないし変態でもありません。
いや変態か?
いやでも俺か変態かどうかはこの際いいですね。うん。

この文章、目の前の女性がスカートを履いているとは一言も書いてません。
俺がスカートを履いていたというのも考えられます。

さらに言えば、彼女が何から逃れようとしていたのか、そんなこたぁ知ったこっちゃないです。
「俺の手」なんて書いてないですから。
書いてあるのは「俺がスカートの中に手を入れた」ということ。
俺が自分で履いてるスカートの中に手を入れて自分の身体のラインをなぞっていたとも読めます。

もっと言ってしまえば、女性は立っていましたが、俺が立っていたとも書いてません。
俺が座って自分のスカートの中に手を突っ込んで何かしらしてたと読めなくもないんです。




いや違う違う結局お前変態じゃんとかそういうことじゃなくて。
あくまで例文ですから決してこういう願望とかましてや現実とかでは全然そういうんじゃないですから。

書いてて気付いたけどどの解釈しても俺変態じゃんorz


えと。
何が言いたいかと言うと。

俺が痴漢してたか変態行為をしてたかは、実際のところどうでもいいんです。
この文章を読んだ人が、俺の鬼畜っぷりを想像する。
その想像に出てきた俺こそが、読んだ人にとっての真実なんです。

世の中は、そういうそれぞれの真実で成り立ってます。
だから本当のことなんてどうでもいい。

自分以外の人のことをどうでもいいって言ってるわけじゃないんです。
自分以外に大切な人がいるなら、その人の真実を操作してあげる嘘も、時には優しさといえるんじゃないでしょうか。

嘘が嫌いだから本当のことしか言わないステレオタイプな人間なんて大した価値もない。
機械と同じじゃないか。
かといって嘘ばっかついてる人間も嫌い。
人間て、そんなに極端な生き物じゃない。
往々にして中途半端で矛盾した要素をたくさん持った生き物なんですよね。
そのくせ他人に多くを求める。
もちろん俺もその範疇です。

未熟だから、自分では全部持ちきれないから、捨てるか誰かに持ってもらうしかないんですね。

書きたいことが後から後から浮かんでくるのに、段々何を書きたいのかわからなくなってきたのでこのへんで。

段々まとまらなくなってきたなぁ・・・^^;
posted by 膝枕。 at 22:36| Comment(6) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月07日

ひとりじゃないのよ・・・わかる???

もしも 強さが
君を 苦しめているのなら
何度も 歌うよ
君のために 届けるメロディー

積み重なってく 肩の荷物に
押しつぶされて 立てなくても
君の中に 僕がいること
それだけは 忘れないでね


こんなこと言われたら、今なら泣ける気がする。
たまに、誰でもいいから俺のことを愛してくれないかなって思う時がある。
俺に完全な安心をくれないかなって思う。
偉そうなこと言ってたって、結局俺はそんなに人間できてないんだよね。


もしも 弱さが
僕を 苦しめているのなら
何度も 聴くよ
君が奏でる あの音色を

心ない人の ウソやウワサに
傷ついて 立ち止まるけれど
僕の中に 君がいること
それだけで 歩いてゆける


俺のことを全部認めてくれる人が目の前にいたら、俺に対して見返りを求めない人がいたら。
俺は多分、最高の見返りをあげられる気がする。

自分が揺れてる時って、人に優しくされるのに弱い。
甘えちゃいけないって思う時もあるけど、そんな不安を消してくれるような人、俺にはるんだろうか。
自分のことしか考えてこなかったからなぁ・・・


君が ひとりを感じていたら 僕も ひとりになる
だから そんな悲しいことは 言わないで ずっと 一緒にいよう

だから
ひとりじゃないのよ わかるでしょ
君が僕の 心の奥ごと さらってく
ひとりじゃないのよ わかるでしょ
僕のハーモニー 君のハートに 重なってゆく



sonomi/ひとりじゃないのよ

KREVAと一緒に歌ってるバージョンがKREVAのアルバムに入ってたけど。
俺はこっちの方が好き。
posted by 膝枕。 at 22:41| Comment(4) | TrackBack(1) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月06日

自己犠牲の精神。

昔々のCM。
まだ俺が幼稚園だか小学校だった頃だと思う。

女は自分の大事な髪を売って、愛する男のために時計の鎖を買った

男もまた大切な金時計を売って、女のために櫛を買った

結局どちらも役には立たなかったが、2人はプレゼントよりも大切な物を手に入れ、固く抱き合うのでした。



何のCMだったかも覚えてないや。
小さいながらにいい話だと思ってた気がする。

でも、今はどうだろ。
自分を削った分だけ、相手が喜ぶとは限らないんだよね。
そのくせ重たいモン強制的に背負わすハメになる。

贈り物ばっか凝る前に、相手の懐確かめないとね。
そういうのを自己中って言うんだろうなぁ。
posted by 膝枕。 at 22:31| Comment(3) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月30日

正直であるということ。

俺は、人を騙す嘘が嫌い。
自分が得をするために、他人を貶める行為が嫌い。

大嫌い。
許せない。

嘘が嫌いな人がいる。
嘘をつけない人がいる。
こう言えば、大抵の人は「いい人」に分類するんじゃないか。

俺は、自分がそう在りたいと思ってきました。
でも、最近それに疑問を持ち始めました。

思ってることを正直に相手に伝える。
そうした時点で、当事者間の未熟さによる落ち度みたいなもの、つまりグレーゾーンを相手に丸投げしてるんじゃないかなって思った。

こっちが正直過ぎると、それは相手を圧迫してしまうんじゃないか。

昔は、それは相手の未熟さが悪いと思ってた。
でも、俺は相手の未熟さを知ってて受け入れたんじゃないのか。
知らず知らずのうちに相手に期待してるのと変わらないじゃないか。

なんとなくそう思った。

人間関係って本当に難しい。
昨日友達に言われたんだけど、俺は自分に対して潔癖を求めてるみたい。
でも、周りには極力それを期待してないように見える。
それは、自分が完璧であれば、どんな人間でも受け入れられると思ってたからかもしれない。

でも、実際はそうじゃなかった。
それは単に「自分のことしか考えてない」のと同じこと。
相手の身になることなんて不可能じゃないか。

相手を本当に大切に思うなら、一緒に汚れてやればいいのに。
でも、それで勘違いさせてしまうのが怖い。

俺だって自分がわからなくて悩んでる。
いくら大切な人だって、丸ごと抱え込んであげられる余裕なんてないのに。
なんか何が悪いのかわかんないよ。
どうしたらいいのかわかんないよ。


あぁもう!!!!
posted by 膝枕。 at 23:52| Comment(6) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月27日

考え過ぎ。

あぐちゃんのブログにコメントしたら、またコメントをくれました。

膝枕さんは考えない方が上手くいくと思います



そうかもしんね^^:


俺って文系のくせに理屈っぽくてさ、ってかそもそも文理の選択間違ったんだと思うんだけど。
俺の頭は理詰めで物を考える。
人の気持ちとか感情も、全部理由・要因があると思ってるから。

要は俺、本来理系なんだと思う。
俺と同じ思考回路のオヤジはガチガチの理系だしね。

で、俺が色々考え込んじゃった時、いつも理屈が先行して、周りのことを考えてあげられない。
だったらあぐちゃんの言う通り、深く考えない方が確かに上手くいってるんだよね。



先週付き合って一晩で別れたIちゃんですが、連絡が途絶えてました。
なんかね、俺の気遣いというか、そういうの全部が裏目に出てて。

付き合う話を白紙に戻したのも、Iちゃんにマジメに考えてもらいたかったから。
あの子はそういうの全部、別れる口実だと思ってたみたい。

俺のやり方って相手も踏み込んでくれないと逆効果だから、モロに相性が悪い。
価値観の相性ってあるんだって初めて知った。
お互いの全部を悪い方にしか見えない。

で、昨日まで連絡が途絶えてたんだけど、このまま誤解されたまま終わるのがイヤで電話した。
ボロクソに言われたけどね^^;

でも、今日デートします。
俺も裏目に出たのが悔しくて、バカみたいに自分のこと熱弁してたんだけど、それで信用してくれたみたい。
「遊びならこんなに熱心に話しない」って思ってくれたみたいです。

これからどうするのか俺もわからない。
とりあえず誤解をときたかった。
一緒に居るのは楽しいから。
でも、今は恋愛感情はなくなった。
これからどうなるかは分からない。
というか・・・まぁ、それは機会があったら。

とにかく、気ぃ遣い過ぎない方がいい時もあるんだね。
あぐちゃんのタイミング良過ぎなコメントにトラバ。
posted by 膝枕。 at 11:29| Comment(7) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月23日

結局。

自分の中で答えは出そうにないです。

彼女からの返事もまだないし、mixiも見てないみたい。
ちょっと心配ではあります。

考えても答えが出る問題じゃないのかな。
俺は理屈っぽすぎるね。
他人の気持ちを察してあげることが苦手なんだと思います。
ただ、ステレオタイプに予想することはできる。
俺はそういう人間。
否定されたって、そういうことしかできないんだよ。

ただ、色々考えてく中で、頭をよぎったことがあります。
こんなに壮大なことを考える必要はないんじゃないか。
苦労して出した結論なんて、理論武装の材料になるのがオチじゃないのか。

大事なのは俺の価値観なんかじゃない。

相手を思いやる気持ちを忘れないようにしよう。
今から。たった今から。
いぇい。

俺のことを「よく気がつく人」と言ってくれた人がいます。
俺は全く意識してないんだけど、その人にとっては嬉しかったらしい。
それは別に頭で考えてしたことじゃなくて、自然に身につけてきたものなのかな。

ただの偶然じゃんとかそういうツッコミはナシで。


>>こないだデートしてくれたIちゃん
こないだは本当にごめんなさい。
何だか色々考えさせる結果になっちゃって、傷つけたかもしれないね。
俺もどうしたいのか分かりません。

俺のせいで凹んでるかと思うと心配だけど、俺のこと嫌いになってるなら、こっちから連絡しても気分悪くすると思って。

もし気が向いたら、また連絡くれたら嬉しいです。
思ってること何でもいいから、聞かせてほしいです。
posted by 膝枕。 at 21:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月21日

最高?いや再考。

昨日の記事について。
みなさんコメントありがとうございました。

やっぱり昨日書いたときはちょっと意固地になってたのかもしれない。
寝て起きて、コメントを読みながら冷静に考えてみると、色々浮かんできたので書いてみようと思います。


まず大前提として、俺は相手の価値観を分かってあげようとはしてなかったんだと思う。
俺はよっちゃんの言う「正当なもの」っていう価値観に疑問を感じて、そこから今の考え方に行き着いた。
別に正当なものから外れることに拘ってるわけじゃなくてね。
だから「正当なもの」ってのは俺にとっては「間違った価値観」でしかなくて。
Iちゃんがそれを大事にしてることが疑問だった。
形に拘って自分の気持ちを抑えてほしくなかったってのもあるけど、そこで優しい対応ができなかったのは、自分を否定されたような気がして悔しかったからなのかな。


んで、これは彼女にも話したんだけど、俺はとても我が強くて、言いたいことはハッキリ言いたい。
これは自分だけじゃ意味のないことで、相手が受け身に回ったら単なる押し付けになってしまう。
だから、別に投げてるつもりはなかったよ。
俺は相手を好きで大事にする自信があったからこそ、最終的な判断を彼女にしてほしかった。


次にサツさんのコメントから。
『Iちゃんの価値観を尊重してあげられる部分が全然ないなら付き合うのは無理』
これは自分でもよくわからないかな。
肝心なところで俺と彼女の意見は対極にあって、当然俺は自分の方が正しいと思ってて。
彼女は「付き合ってく過程で見極めればいい」って言ってたけど、関係が深くなる前にハッキリさせておく必要があると思った。
なのに付き合おうとした俺にも落ち度はある。


そしてあぐちゃん。
「ちゃんと形式をとるのは相手への誠意」
これは俺はそう思う。
昨日の俺から見て、彼女は気持ちよりも形式を優先してるように見えたんだよね。
そうすれば気持ちは後からついてくるみたいな。
俺は、付き合うっていう形をとることが気持ちの保証になるとは思ってないよ。
付き合っても二股かけたり浮気したりなんてことはザラにあることだし。
夫婦になって不倫だの浮気だのなんて一番タチの悪いパターンじゃん。
型にはまることで気持ちがその型に収まるなんてことはないんだから。

結果的に俺のことを信じてもらえなかった、関係を持つための口実だと思われたことは、俺の態度に誠意が足りなかったんだと思う。
それはすごく反省してる。
Iちゃんにまだ気持ちが残ってるなら、まだ話し合う機会があるなら、ちゃんと相手のことも尊重して、お互い分かり合いたいと思ってる。



俺は端から見れば変わった価値観を持ってて、そして遊び人だと思われてるんだろうね。
気にしてないつもりだったけど、大切な人にそう思われるのはやっぱりキツい。
ちゃんと自分の気持ちが伝わってなかったのが悲しかったんだと思う。

これから先、恋愛だけじゃなくIちゃんだけじゃなく、相手の身になって考えてあげることが必要なんだって思った。
できるかな・・・
今回のことは、このまま終わってほしくない。
どんな結果になったとしても、もうちょっと話す余地はあったと思うから。


この記事をもって、前回の記事へのコメントの返事とさせていただきたいと思います。

最後にさくくん。


それでいいのかよ(笑。
posted by 膝枕。 at 11:30| Comment(5) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月04日

続・基準。

昨日は毒舌でした。
今日も同じような感じでいきます。

昨日の記事で、人恋しいだの言ってる奴は「ユルい」と発言したことについて、あれは当然自分も含まれてます。
ただ、「恋愛は無条件で素晴らしいもの」みたいな美化の仕方はよくないってことが言いたかっただけ。

「一緒にいるから好き」って人がすごく多いように思う。
逆だろ。本来は。
でも、これだけ恋愛を主題にしたメディアが多いと、そうなっても仕方ないのかな。

妥協することが悪いとは思わない。
ただ妥協したと認めないで綺麗な言葉で飾り立てるからワケワカンナイことになるんじゃないか。



世の中を批判してるんじゃないです。
俺がワケワカンナイことになってるんです。
たまに「俺はこの人の動向が気になる」と思うことがある。
それが恋愛感情なのか、単なる性欲でしかないのか、それとも飢えてるだけなのか。
自分でもわからないんです。

人を好きになるってどういうことなんでしょう?
もうずっとそういうことから遠ざかってる気がする。
posted by 膝枕。 at 22:14| Comment(6) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

基準。

ふと考えてみた。
「愛」って、今まで思ってたほど衝動的な感情じゃないのではないか。
自分の頭で考えられるレベルのものなのかな。

性欲はわかる。
子孫を残すための、動物としての本能だから。
でも、愛情ってそれよりもっと理知的な感情なのかな。

なんでいきなりこんなこと言い出したのかと言いますと、要は「人を好きになるってどういうこと?」ってのを考えてたのです。
エルビスの歌に「好きにならずにいられない」ってあるよね。
そんなことが有り得るのか。

歌とかドラマとか、愛だの恋だのを美化し過ぎだよね。
だからみんなそう思いこむ。
妥協だの雰囲気だの、そういう曖昧な感情を「美しいもの」にカテゴライズして。
そんなのオナニーと変わらないじゃん。

俺はそんなの嫌なので、もうちょっと真剣に考えてみたいと思います。

「異性に飢える時期」ってのは誰にでもあるもんだよね。
そういう時って、雰囲気に流されやすくなったり、自分の中での基準が普段より低くなったりするもんだと思う。
「温もりが欲しい」「人肌が恋しい」なんてのは、単に「ユルい」ってことでしょ^^;
それを綺麗な言葉で表現するから、それが綺麗なことだと本気で思いこむバカが増える。

友情に絶対評価は有り得ると思う。
でも恋愛に絶対評価は有り得ない。絶対に。

人を好きになる基準って何だろう?
って人によって違うんだろうけど。
性欲抜きで一緒に居たいと思えたら恋愛?
でも恋愛感情を向ける相手としかHしないのが普通なんでしょ?
すごく矛盾してると思うんですが。

愛情ってよくわかんない。
偽りのない本当の気持ちって、自我で抑えられるもんでは到底ないと思う。
そんな感情を、女性に大して抱いたことは少ない。
それが純粋な愛情だったことは、多分ない。
Fの件に関しても、プライドとか嫉妬とか、そういうものじゃないとは言い切れないし。

「恋愛は理屈じゃない」なんて曖昧な言葉で濁したくないんだよね。
少なくとも自分が納得できる答えを知りたい。
posted by 膝枕。 at 01:02| Comment(0) | TrackBack(1) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月27日

ヒラキナオリ。

サツさんの@ぐるぐる@からのトラックバック。

俺は、多分(というか確実に)女癖が良い方ではない。
ので、周りの女性陣で俺のことを軽いと思ってる人は多い。
ある程度俺のことを深く知らないと、俺が単なる女好きだと思われても仕方ない(後輩♀談)

実際誰とでもHするし、彼女と長く続いたタメシもないし。
彼氏持ちの女の子の2号になったことも何度かあるし、それでいいと思ってた。

そんな話聞いて俺のことを誠実だと思う女の子なんていないんだけど。
そしてそれでいいんだけど。


言い訳させてもらうと、彼女と長続きしなかったのは単に俺の我が強かっただけ。
そして、俺は浮気は絶対にしない。
誰とでもってのは俺に彼女がいない時だけ。
彼女と上手くいってなかろうが、彼女が浮気しようが、俺が他の女の子に逃げたことはこれまで一度もないです。
まぁ、自分から「2号でもいいから」って言ってたこともあったけど、今はもうしないと思う。

「恋愛は理屈じゃない」「同時に2人を好きになったことがないだけ」とかよく言われる。
確かにそうかもしれない。
「彼氏or彼女がいるけど、別れたくないけど他に好きな人ができて、二股になってしまった」
「彼氏or彼女に問題があって、でも好きだけど誰かに甘えたかった」
そういう気持ち、わからない訳じゃない。
もしかしたら俺もそういう気持ちになるかもしれない。
彼女がいるのに、他の女の子を本気で好きになるかもしれない。

でも、俺にはできないんじゃないかな。
二股かけるってことは、両方とも好きなわけでしょ。
片方と一緒に居る時、もう片方が知ったら傷つく。
嘘つきたくない。というか俺が耐えられない。

実際俺もされたことある。
「両方とも好きで、どっちか決められなかった」
それは本心だったと思う。
でも、その子は弱かった。
自分だけで抱え込むことができずに、開き直って自分を正当化した。

俺が一番言いたいことはココ。
感情はコントロールできないこともある。
でもそれは自分の弱さが原因であって、決して逃げていいもんじゃない。

開き直って自分を正当化する奴を見ると、吐き気すら覚える。
俺の身近、友達と呼ばれる人の中にもいるよ。
アンタは強いから、鈍いから私達の気持ちなんかわからない
多分、その時点で話し合う余地なんてないんだよね。
向こうにそれだけの余裕がないんだから。
けど、俺だって受け入れてやる余裕なんかないんだ。

軽い恋愛は好き。
後を引かなくて、相手も納得してて。
そして誰にも迷惑をかけない。

気持ちが大きくなるほど、俺は潔癖になってく気がする。
それが怖い。
多分彼女から見える「我が強い」ってのはそういうことなんだろうな。
束縛したりされたりは嫌いだけど、多分何かを強制してる。

昨日書いたリーマンの記事にも繋がるんだけど、弱さは武器じゃない。
開き直った時点で、それ以上価値は上がらない。
そんな奴嫌い。


>サツさん
これが俺の価値観です。
別に誰かに押しつける気はありません。
別にサツさんを否定するわけじゃないんですよ。
posted by 膝枕。 at 20:14| Comment(3) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月26日

嫌いなもの。

朝の電車にて。

俺が通勤で毎朝乗る電車は、人はそこまで多くないんだけど、楽に座れるほど甘くない。
そんな電車。

それに乗る時にいつも思うことがある。

電車がホームに着いて、止まる。
ドアが開く。
その時、大体座席が一人か二人分くらい空いてるのが見えるのね。
ドアが開くのと同時に、降りる人をかき分けて座席に向かってダッシュするリーマン達。

見てて悲しくなる。

何だその「金メダル獲った」みたいな顔。
何の種目だよ。
しかもその満足感を悟られまいと、すぐにすました顔すんな。

同じリーマンとして悲しい。

前から思うんだけど、駅や路上のマナーが悪い人って、リーマン率が圧倒的に高い気がする。
歩きタバコとかポイ捨てもそう。
スーツ着てれば一丁前ってか。笑わせんな小者が。

ちなみに俺は喫煙者ですが、歩きタバコもポイ捨ても絶対しません。


それから仕事中。
俺が営業車で外回りしてる時のこと。
よくいるんだけど、有り得ないスペースに割り込んでくる車。
後ろにベッタリつけて煽る車。
エラいスピードで抜いてったくせに、次の信号で捕まっててしっかり追いつかれる車。
何て言うか頭悪い。
その場しか見てないからそうなるんだよ。
定期的に信号がある直線なら、どんなにスピード出そうが無意味。
エンジンに負担かけるだけ。


タバコも電車も車もそうだけど、そういう時って人の迷惑なんか考えてないんだろうね。
自分のことしか考えないで、何かのキッカケで気が大きくなるんだろうね。

いや、人の目は気にしてるんだろうな。
どっか後ろめたいオーラ出てる。
だから余計に見苦しいし、だったらやるなよって感じ。
堂々と道塞ぐヤンキーの方がまだいいべ。
いい大人が悪いって分かっててやるマナー違反ほど見苦しいものはない。



いい大人なんだから、もっとエレガンテに余裕持って生きようぜぃ。
posted by 膝枕。 at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月20日

インプット・アウトプット。

この2つは相反する言葉だってのは誰でも知ってることですね。
俺は、最近それを痛感してます。


インプットとアウトプットってのは、両方いっぺんにはできないんじゃないか。
俺はそう思う。

ブログを書く行為は、当然後者に相当する。

俺は人生の大部分を、アウトプットに費やしたんじゃないだろうか。
それによって周りに自分という人間を認識してもらいたかった。

でも、最近は明らかにインプットする時間の方が長い。
仕事のことだけじゃなく、無意識に物事を多角的に捉えようとするようになった。

外部の情報を自分の内側に取り入れる行為。
それを思考パターンに組み込む行為。

当然、その分アウトプットは手薄になる。
最近ブログの内容が目に見えて薄い^^;
別に無理して内容を充実しようとも思わないし、俺は思うままに書くつもりです。

俺は、自己主張のできない人が嫌いでした。
思ったことを口に出さずに、なんでも飲み込んでしまう人が嫌いでした。

今、俺はそんな嫌いだった人の気持ちがわかる。
・・・気がする。


自分を上手く表現するためには、インもアウトも両方必要なものだと思う。
そのどっちにも偏っちゃいけないんだけど、俺は見せかけというか、外に見せることに偏ったこだわりを持ってた気がする。
今は何でも吸収したり、少ない情報から多くを読み取ろうとする癖がついてきたので、自然とインプットが充実してる。

どっちかといえば、インの方が重要なんじゃないだろうか。
人にどう見られようと、自分を高める行為を怠らなければ、そういうオーラって勝手に出てくるもんなんだよね。


そんな簡単なことにやっと気づきかけてる23歳です(笑。
このせいで、俺は今までに何人を傷つけてきたのでしょうか^^;
posted by 膝枕。 at 23:13| Comment(4) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月10日

ランクづけ。

自分よりも明らかに格上の人間と話す時ってのはあると思う。

人間の格ってのは肩書きとか懐具合で決まるもんじゃないって思ってる。
けど、完全には否定しきれない。

その環境が生み出すもの、その環境で生きる人にもたらすものってあるんだよね。

何より、そんな人間を目の前にして、いつも通りに自分を出して話すことができない、なんてことが往々としてある。
それは事実。

新人とベテラン、営業と客という立場にある俺も、それは常々感じる。

勝手に相手を肥大化させて、勝手に自分を萎縮させて。
知識や経験で負けてるってコンプレックスを前に前に押し出す結果になる。







それもあって、最近仕事に精神的な疲れを感じることが多くなった。

お客さんと仲良くなる。信頼関係を結ぶ。
これがどれだけ難しいか。
大して馴染んでもいない客先に、用もないのに何度も何度も通ったりできない。
何より不足してるものが大きいせいで、仕事の話ができないんだから。

俺は世間話をするのが仕事。
お客は世間話なんかしないで、現場やデスクに向かうのが仕事。
わざわざ現場に出向いて世間話しろってのか。

そんなアドバイスくれるくらいなら他に教えることあるだろ。

他力本願だって言われるかもしれない。
けど、「分からないことがわからない」なんてのは茶飯事。

俺が昼間外出して何をしてるかなんて、ウチの会社の連中は誰も知らない。
俺がどの客先回って、たまに受ける仕事がどこのどんな仕事かなんて把握してない。
俺の営業成果が会社の売上に反映するほどの実力はまだないから、変な話1日中寝てようが遊んでようが何も影響はない。

俺いる意味ないじゃん。
育ててもらってすらいないんだから。

それで「君には期待してる」なんて言われてもなぁ。

せめて俺が聞いたことに対しての答えは100%の状態で出せ。
こっちも仕事にならねぇよ。

願わくば、もう少し俺のこと見てくれないっすか。
これで年末年始もしくは新年度にでも「彼はもう一人で仕事できます」なんて評価してみろ。

俺は辞める。
例え実際に仕事ができたとしても。






あ、話を戻します。

その人が持ってる”格”ってやつの話。

それは人によって大きさが違う。
器とかオーラとか、そんな感じ。

目には見えないんだけど、感じることができる。
それを敏感に感じる人もいれば、鈍感な人もいる。

特に相手が自分よりも格上だと感じた場合に、相手のそれを余計に強く敏感に感じるらしい。

また、鈍感な人にも種類がある。
身の程知らずで自分のことを美化してるタイプ。
相手に萎縮せずにいられるのが強み。

自分が相手よりも上なのを感じて、余裕で動じないタイプ。

そして相手がどうであろうと気にしないタイプ。

俺はそういうことに関しては敏感な部類に入るらしい。
馬鹿馬鹿しい考え方かもしれないけど、俺は自分に自信がないとダメなんです。
それがどんな形であれ、ね。


なんだか何が言いたいのかよく分からなくなってしまったので、このへんで。
誰か補足できる人がいたらお願いします(笑。
posted by 膝枕。 at 15:59| Comment(7) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月30日

努力のベクトル。

誰から見ても「あの人は能力がある」と言われる人がいる。
頭の回転が速くて、スポーツもできて、性格も容姿もいい人って、誰の周りにも一人くらいはいるんじゃないかな。

でも、客観的な能力やステータスと、その人が自分のことを好きかどうかってのは全く別の話だったりするみたいで。


ちなみに俺は常に自分大好き人間なので、短所も含めて自分を愛してます。
えぇ、そりゃもう心の底から。

好きです。ごめんなさい、神様よりも好きです(by 甲本ヒロト)

そんな俺の周りにも当然、俺より頭がキレる人、運動神経のいい人、優しい人、人に気を遣える人、モテる人なんかたくさんいます。

でも、その人達の中にもやっぱり自分を好きになれない人っているんだよね^^;
ってことで、相対的な能力と自己愛に関しては全く別の問題みたいです。

・・・いや、俺が現状で満足してるとかそういうコトじゃなくて(笑。


簡単に俺の意見を言うと、努力の「根底」と「天井」が違うんじゃないかって思う。
ちなみに俺の理想は”自分のための””前向きな”努力ね☆

「根底」っていうのは、努力する理由とか原動力のこと。
他人にナメられないように、劣等感から逃げるために、周りからのプレッシャーに追いかけられながらってすごく疲れるし、上には上がいるもんだから終わりがない。

「天井」ってのは目標のこと。高過ぎる目標設定のケース。
いくら能力が高くても、客観的な位置を見極められてないから、努力するほど目標が高くなって追いつくことはない。
目標ってのは追うものなのに、いつの間にか目標に追われることにもなってしまいかねない。


これら2つに共通してるのは、無能という不安・コンプレックスから逃げるための努力をしてるってこと。
こういう人は往々にして、努力してる自分すら認められないんじゃないんだろうか。


自分の気持ちが「努力」自体ではなくて「不安」の方に向いてるからじゃないだろうか。


そういう人は、今現在の自分を認めてくれる人、受け入れてくれる人がいることを理解することが大切だと思う。
以前書いた『自分を受け入れること』に似てます。

特に自分。
自分は一番身近な他人だと思う。
その自分が自分を認めて受け入れてあげることが、悪循環を止める一番の方法じゃないだろうか。


何かに向けて努力するということは、「自分の魅力を今よりも伸ばすこと」だと思う。
というか、そうあってほしい。
そして、努力する姿こそ美しいし、その先には楽しいことが山ほど待ってる。


これって究極の好循環だと思いません??
posted by 膝枕。 at 23:43| Comment(8) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月28日

自分を理解してもらうっていうこと。

人は自分の過ちを認めると、心にかなりのストレスがかかる。
これを防ぐために、相手を中傷したり否定することで、自分を守ろうとする。
この機能を「自己防衛」という。
しかし、相手を否定すればするほど、自覚してる過ちから逃げてることになり、結果的に自分の過ちを認められないストレスが発生する。

例えば誰かとぶつかった時、相手の方が悪かったとしても、基本的にどちらかが全て悪いというケースは希である。
どっちかに非礼があったとしても、もう一方も礼を忘れていい理由にはならないからね。
だから、自分に少しでも非があるのなら、それは認めて謝るべきだと思う。

「人間は理屈じゃない」とはよく言ったもので、必ずしも理屈通りに裁くことが正義じゃない場合があるから。
現在よりも長いスパンで、広い視野で物事を見ることで、細かい部分では折れることも必要になってくる。
そういう人ってのが「器の大きい人」なんじゃないだろうか。
器の使い方によって、許せる部分と譲れない部分は多少変わるだろうけど。

人間である以上、自分を理解してほしいって気持ちは誰にでもあるんじゃないだろうか。
自分にとって一番簡単なアピール方法ってのは「押しつける」ってことだと思う。
自分のことだけ考えてればいいんだから。
当然それだけで上手くいくほど甘くないんだけどね。

自己アピールの手段を「押しつける」ことしか知らない人ってのは、よっぽど甘えた環境にいない限り失敗する。
そこで、上手くいかない原因が自分にあることを認められずに、はじめに書いたような悪循環に陥ることになる。

地図を見ても、目的地までの最短経路が直線距離とは限らない。
大抵は曲がり角があるもんだし、交通事情なんかを考えると少し回り道した方が、目的地に早く着けることだってある。

なるべく早く目的地に到着するためには、がむしゃらに走るよりもまず道を知ることが重要になる。

相手の考え方・価値観を理解しようともせず、自分のことばかり伝えようとするから上手くいかないんだ。
自分を理解してもらいたい気持ちは相手も同じなんだから。

ここで勘違いしてしまうのが、相手を理解するのと相手の言いなりになるのとは全然違うってこと。

相手に非礼があったとしても、どうしてそう考えるようになったのかを考えれば、相手を許せる幅も広がってくる。
それはすなわち、自分のキャパを広げるってことじゃないだろうか。

自分を理解してもらうためには、まず相手を理解することが必要なんだって思った。
posted by 膝枕。 at 14:22| Comment(13) | TrackBack(1) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月21日

受け入れる?

俺も今の自分を少しでも変えるために、どうしたらいいか色々考えてみた。

アンテナを広げて、それを自分に置き換えて初めて気付いたんだけど、よく「自分を受け入れる」って言葉をよく使う。
俺もブログに何回か書いただろうし、テレビや雑誌なんかでもよく見たり聞いたりする言葉。

深く考えてない頃は、単純に納得してた。
でも実践しようと思ったとき、どうやんの?って思った。
自分なりに解釈してみたこともあったけど、結果が今の俺(笑。
ってことで、「解釈」じゃなくて「定義」してみよう。

客観的に見れば、自分の長所と短所はある程度見えてくる。
「見る」だけじゃダメなんだろうか。
何が必要なんだろうか。

今日は特に予定もなかったので、午後からフラフラ散歩して色々考えてみた。
そこで自分なりに出た結論を書きます。
バッシングの嵐だったりして(笑。


考えても考えても、正直わからなかった。
なので、逆を考えてみた。
要するに「自分を受け入れられてない状況」ってのを考えてみたんです。

それは、自分の弱さを認められずに逃げてるってこと。

例えば、偉そうに自慢話してる奴ってのは、自慢に自信を支えてもらってることに気付いてない。
自分がとても小さいプライドしか持ってない奴に限って、自分の大きさをアピールしたがる。
自分が自分を認めてないから、無意識に自分の小ささに気付いてるから、周りに甘えて褒めてもらいたいだけ。

それって、見る人が見ればすごく痛いよね。

「男は背中で物事を語る」ってのはよく言ったもんで、本当に能力のある人間って、何も言わなくても雰囲気で分かるもんなんだよね。
小さな立ち振る舞いとかで。

自分を受け入れるってのは、「自分はそういう小さい人間なんだ」ってことを認めることなんだってふと思った。

でも、これって相当難しいんじゃ・・・
特に俺みたいに意地っ張りにはふらふら

自分を受け入れるってことは、自分の無力さを露呈する行為。
でも、本当の自分から逃げるってことは、今後の成長を止める行為。
だからって、そんな簡単にできるかな・・・

でも、これが俺に一番必要なことで、少し遅めのはじめの一歩。
これができなきゃ俺に先はないんだから。

頑張ります手(グー)
posted by 膝枕。 at 22:44| Comment(7) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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