2005年08月30日

努力のベクトル。

誰から見ても「あの人は能力がある」と言われる人がいる。
頭の回転が速くて、スポーツもできて、性格も容姿もいい人って、誰の周りにも一人くらいはいるんじゃないかな。

でも、客観的な能力やステータスと、その人が自分のことを好きかどうかってのは全く別の話だったりするみたいで。


ちなみに俺は常に自分大好き人間なので、短所も含めて自分を愛してます。
えぇ、そりゃもう心の底から。

好きです。ごめんなさい、神様よりも好きです(by 甲本ヒロト)

そんな俺の周りにも当然、俺より頭がキレる人、運動神経のいい人、優しい人、人に気を遣える人、モテる人なんかたくさんいます。

でも、その人達の中にもやっぱり自分を好きになれない人っているんだよね^^;
ってことで、相対的な能力と自己愛に関しては全く別の問題みたいです。

・・・いや、俺が現状で満足してるとかそういうコトじゃなくて(笑。


簡単に俺の意見を言うと、努力の「根底」と「天井」が違うんじゃないかって思う。
ちなみに俺の理想は”自分のための””前向きな”努力ね☆

「根底」っていうのは、努力する理由とか原動力のこと。
他人にナメられないように、劣等感から逃げるために、周りからのプレッシャーに追いかけられながらってすごく疲れるし、上には上がいるもんだから終わりがない。

「天井」ってのは目標のこと。高過ぎる目標設定のケース。
いくら能力が高くても、客観的な位置を見極められてないから、努力するほど目標が高くなって追いつくことはない。
目標ってのは追うものなのに、いつの間にか目標に追われることにもなってしまいかねない。


これら2つに共通してるのは、無能という不安・コンプレックスから逃げるための努力をしてるってこと。
こういう人は往々にして、努力してる自分すら認められないんじゃないんだろうか。


自分の気持ちが「努力」自体ではなくて「不安」の方に向いてるからじゃないだろうか。


そういう人は、今現在の自分を認めてくれる人、受け入れてくれる人がいることを理解することが大切だと思う。
以前書いた『自分を受け入れること』に似てます。

特に自分。
自分は一番身近な他人だと思う。
その自分が自分を認めて受け入れてあげることが、悪循環を止める一番の方法じゃないだろうか。


何かに向けて努力するということは、「自分の魅力を今よりも伸ばすこと」だと思う。
というか、そうあってほしい。
そして、努力する姿こそ美しいし、その先には楽しいことが山ほど待ってる。


これって究極の好循環だと思いません??
posted by 膝枕。 at 23:43| Comment(8) | TrackBack(0) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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