2005年08月28日

自分を理解してもらうっていうこと。

人は自分の過ちを認めると、心にかなりのストレスがかかる。
これを防ぐために、相手を中傷したり否定することで、自分を守ろうとする。
この機能を「自己防衛」という。
しかし、相手を否定すればするほど、自覚してる過ちから逃げてることになり、結果的に自分の過ちを認められないストレスが発生する。

例えば誰かとぶつかった時、相手の方が悪かったとしても、基本的にどちらかが全て悪いというケースは希である。
どっちかに非礼があったとしても、もう一方も礼を忘れていい理由にはならないからね。
だから、自分に少しでも非があるのなら、それは認めて謝るべきだと思う。

「人間は理屈じゃない」とはよく言ったもので、必ずしも理屈通りに裁くことが正義じゃない場合があるから。
現在よりも長いスパンで、広い視野で物事を見ることで、細かい部分では折れることも必要になってくる。
そういう人ってのが「器の大きい人」なんじゃないだろうか。
器の使い方によって、許せる部分と譲れない部分は多少変わるだろうけど。

人間である以上、自分を理解してほしいって気持ちは誰にでもあるんじゃないだろうか。
自分にとって一番簡単なアピール方法ってのは「押しつける」ってことだと思う。
自分のことだけ考えてればいいんだから。
当然それだけで上手くいくほど甘くないんだけどね。

自己アピールの手段を「押しつける」ことしか知らない人ってのは、よっぽど甘えた環境にいない限り失敗する。
そこで、上手くいかない原因が自分にあることを認められずに、はじめに書いたような悪循環に陥ることになる。

地図を見ても、目的地までの最短経路が直線距離とは限らない。
大抵は曲がり角があるもんだし、交通事情なんかを考えると少し回り道した方が、目的地に早く着けることだってある。

なるべく早く目的地に到着するためには、がむしゃらに走るよりもまず道を知ることが重要になる。

相手の考え方・価値観を理解しようともせず、自分のことばかり伝えようとするから上手くいかないんだ。
自分を理解してもらいたい気持ちは相手も同じなんだから。

ここで勘違いしてしまうのが、相手を理解するのと相手の言いなりになるのとは全然違うってこと。

相手に非礼があったとしても、どうしてそう考えるようになったのかを考えれば、相手を許せる幅も広がってくる。
それはすなわち、自分のキャパを広げるってことじゃないだろうか。

自分を理解してもらうためには、まず相手を理解することが必要なんだって思った。
posted by 膝枕。 at 14:22| Comment(13) | TrackBack(1) | 考えごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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